2014年3月29日土曜日

風曜日奮闘記 その19 「夢は摩周湖のほとりから」

驚天動地 4  三木さんの義務?

視察や見学の依頼が・・。

UDのホテルでは、どんなサポートが必要なのかな?」「ヘルパー2級の資格でも取得しなければならないかな?」「普通のホテルでは提供していないサービスだよな。でも、なんとか対応できないかな?」
どうすりゃいいのか思案している中、また思わぬ出来事が起こりました。
視察や見学希望の問い合わせが、次から次へと舞い込むようになったのです。

当館に関心を持っていただいての問い合わせです。絶好の宣伝にもなる。将来のお客様になるかも知れません。これはおろそかにはできません。
 
地元中学生への福祉教育
結局、昼間はその対応に、夕方からは宿泊客の対応に追いまくられる毎日が続き、宿泊人数よりも視察や見学者の数の方が多い年度もありました。

視察や見学者の内訳を見ると、近隣の自治体や観光協会、各種「たま障」団体、旅行代理店、福祉事業関係者、建築関係者、ボランティア団体、教育関連団体、変わったところでは博士論文作成の為に、中学の福祉教育に、自宅リフォームの参考に、などなど。
マスコミ関係からも、全国紙を始め、北海道新聞や釧路新聞などの地方紙、旅行誌、業界雑誌、多くのテレビ局からも取材依頼があり、いつしかカメラ目線を意識するようになんかして。

忙しさにかまけて「チョット・チョット事件」の事など忘れ、舞い上がった毎日を過ごしていたある日のこと、「たま障」と思われる男性から電話がかかってきました。
 
「お前みたいな新参者がなにを上手なことをいっているのだ」
「障がい者を食い物にする気か」との内容です。

「確かに障害のことをよく判っていません。でも障がい者を食い物にしているとはどういうことですか」というと、
「いろんなところで、得意げに生意気なことをいっているではないか」
「どこが生意気なことですか。私は思ったことをいっているまでですが・・」
そんなやり取りが2時間余つづき、最後に「お前のホテルでは障害者割引はないのか?」と尋ねられ「ありません!」と、答えると電話を切られたのです。 

それからしばらくして、車いす「たま障」のお客様からこんなことをいわれました。
「これからこのホテルでいろいろなことが起きるよ、きっと」
「その様子を私たちや旅行関係者に情報発信して欲しい。それは三木さんの義務だ!」


「エッ! 私の義務?」

「そうだ。みんな旅に出たいんだ!」

2014年3月28日金曜日

暴風雪の余韻  「春近し」

今冬3回目の暴風雪を無事乗り越え、久しぶりにスパーまで買い物に出かけました。
知り合いのおばちゃんとの会話。

「大変だったねーッ。こんども」
「お金はたまらないが、雪はイッパイたまるんだダッ」

「三木さんとこはどう?」

「そうかい、それはイカッタ!!」
「もうすぐだ」
「がんばろうね」

2014年3月14日金曜日

セラピーフェスタのご案内

「アロマセラピーが認知症予防に有効」との話題がささやかれています。

そんな中、川湯温泉では全道から30名以上のセラピーが集合し、ココロわくわくカラダうきうきのセラピーフェスタが開催されます。

川湯の温泉に浸かりながら、ワンコインで癒されたい、セラピーの事をもっと知りたい、自分にあったセラピーはどれ、など様々な体験をすることができます。

素晴らしい温泉と素敵な香りに包まれながら、ゆっくり・ゆったりとした時間をお過ごしください。

開催日時:3月28日(金)~30日(日)、10:00~21:00、30日は10:00~18:00まで。
場   所:川湯ふるさと館
入   場:無料

詳細はセラピーフェスタ実行委員会 090-6446-7230(酒巻)まで。

2014年3月8日土曜日

風曜日奮闘記その18 「夢は摩周湖のほとりから」


驚天動地 3  事件勃発

その名も「チョット・チョット事件」

たまたま妻が不在中の時のことです。
夫「車いすたま障」ご夫婦の宿泊がありました。奥さんからは事前に「車から車いすへの移乗をチョットだけ手伝って欲しい」との要望をいただきました。
「チョットだけならいいんじゃないの」と、軽い気持でお受けしたのです。

夕方、予定より早めに到着。移乗をチョットだけ手伝うつもりで迎えに出ると、旦那さんの体が硬直して車から降りられないではないですか。長時間同じ姿勢を保ったためと思われます。奥さんが旦那さんの体をさすりながら「チョットだけ一緒に手足をさすって欲しいの」と、いわれました。
「チョットだけなら」と、手足をさすっていると、硬直が和らぎどうにか部屋まで案内することができるようになったのです。
 
横になって休ませたいとの要望で、車いすからベッドへの移乗をチョットだけお手伝し、事務所で一休みしていると、奥さんから電話がはいりました。
「この風呂には入れないワ」「タオルで拭くだけで我慢するワ。家でもそうなの」と、いかにも残念そうに小さな声でいわれるのです。
理由を尋ねると、浴槽が高くて旦那さんを持ち上げられないとのこと。
移乗台の利用やシャワーキャリー使用など、当館が用意している介護用具を紹介しましたが、結局、女性一人の力では無理との返事です。

奥さんが疲れているのが良く判ります。「たま障」の旦那さんも同様です。
リフト装備の家族風呂
室内の風呂がだめならリフト付きの家族風呂を見てもらうことにいたしました。
すると、一目見た奥さんの顔色が変わり、確信を持った声で「アッ!チョットだけ手伝ってもらえれば、入れるかも知れない!!」といわれたのです。
奥さんからの熱い視線が注がれているのを感じます。
そこまでいわれて、とても「出来ません」と答えられるものではありません。
結局、チョットだけ手伝うことになりました。

ベッドからシャワーキャリーに移乗し、風呂場まで・・。
服を脱がせ、オムツを取り外し、浴槽まで・・。
肩まで浸かれるようにとリフトの操作を行い・・・、悪戦苦闘。
妻の顔が目に浮かびます。こんな時に何で居ないんダ・・!!

肩まで浸かっている旦那さんを見て、奥さんが嬉しそうに、
「ホラ見て。左足がピクピク動いているワ。嬉しいときの合図よ。よっぽど気持ちいいんでしょうね」「20年ぶりだろうかね、こうして肩まで浸かれるのは・・」

床ずれの跡も痛ましく、背中の赤白黒のまだら模様。オムツ取り外しの姿が今でも目に浮かぶます。

初めての、そしていきなりの経験。私にとってはものすごい衝撃、まさに事件です。

それでも、なんとか無事に難局を乗り切ると「私のできることはやった。喜んでもらった!」という達成感みたいな満足感みたいな、サラリーマン時代には味わった事のない気持の高揚を覚えたのです。

チヨット待てよ!
たまたま問題が発生しなかっただけで、事故でもあったら責任とれるのか?
でも、お客様の要望に「できる、できない」の線引きなんか、その場でできないよな?
もし、こんな事が度々起こるようだったら、それは想定外。
どうすりゃいいんだ?

2014年2月19日水曜日

風雪の中でのお土産作り。

暴風雪に見舞われ3日目となりました。
弟子屈町も陸の孤島となり、当館もその例外ではありません。でもこの様な事態は一冬で2~3回は経験します。
玄関が雪で覆われてしまい雪かきに外へ出ることもできず、ホテルの中に居て風雪がおさまるのを待つ以外なすすべはないのです。

そんな時、温泉発掘の資金集めに始めたお土産(トリのアクセサリー)作りに励むのです。
今年は制作時間もタップリとあり、今までにないお土産が出来そうです。(笑い)

木製のオリジナルはすでに掘り終えましまた。今年はフクロウシリーズです。
後はシリコンで型をとり、成形剤を流し込んで、一つ一つ色付けして完成です。


ご来館の折には、是非手にとってご覧ください。

2014年2月17日月曜日

風曜日奮闘記その17 「夢は摩周湖のほとりから」


驚天動地 2  襟を正して・・。

慣れない仕事が昼夜を問わず延々と続き、もうヒィー・ヒィーしていた年末のある日、1通のFAXが送られてきました。
 
30代と思われる女性からの手紙です。
 
FAX文面]
はじめまして。新聞を見てお便りします。
10年前、私の父は50歳で他界しました。私が19歳のときです。父は3年間車椅子の生活をしていました(筋ジストロフィーに良く似た難病でした)。

どんどん動かなくなる体を見て本人も家族も暗い気持ちになり、それを吹き飛ばすようによく旅行をしました。兄の運転で高速を良く使ったためSA/PAのトイレによく立ち寄りましたが、車いす用のトイレはクモの巣が張り、ひどく汚れていたのを覚えています。話がずれました。ごめんなさい。
フットスイッチしかないトイレ。
車いすの人はどうするのだろう?

ホテルや旅館を予約する際は必ず「車いすですが、大丈夫ですか?客室までエレベーターで行けますか?」などと確認をしましたが、断られたり、また「エレベーターあります。大丈夫です」と言いながらエレベーターまでスロープなしで急な段差が5段もあったり、良い思いでは一つもなかったです。

我が家は母も元気で、兄は力持ちなのでそれでも旅行に行けましたが、きっと普通の女性だけが介護していたら、父は外へも出られなかったと思います。北海道出身で釣りやゴルフなど外へ出るのが大好きだった父のことを思うと、風曜日さんが10年前にあったらどんなによかっただろうと、胸が痛くなりました。

北海道に行ったときはぜひ泊まりに行かせてください。

障がい者の方本人はもちろん、家族の皆様の楽しい思いでとなるホテル、頑張って、でもお体には気をつけて、ずっとずっと続けてください。     

1999年12月19日   氏名○▽△
 
このFAX文を読んで目がさめました。襟を正しました。
「風曜日が、こんなに期待され、評価されているのか!」、「これはヒィー・ヒィーなどと、ほざいている場合ではないな!」と自分に言い聞かせたのです。

・・・もっと一生懸命やりなさい。 トオル君!!・・・

2014年2月7日金曜日

風曜日奮闘記その16「夢は摩周湖のほとりから」

驚天動地 1  「 なんだ? こりゃ!!」

「風曜日いよいよオープン」

妻と二人で北海道庁に出向き、融資の決定を受けたのが1998年4月30日。

それからジャスト1年、1999年4月29日風曜日オープンの日を迎えたのです。

融資を受ける際の3条件をどうしてクリアーしたのか・・、ですって?。

それは、

条件1、法人格を持つ事⇒有限会社風曜日を設立

条件2、3年以上の宿泊業経験がある事⇒親類のホテル経営者を役員に迎えること

条件3、年度内に完成すること⇒建築確認申請を提出すること、

で、みごとクリアー。(いろんな人の知恵を借りました)
記念パーティ時に福祉のまちづくり賞をいただきました。


お世話になった方々を招いて創業記念パーティが終わるといよいよ営業スタートです。
普通慣らし運転みたいなことをやるのですが、お客様からの要望もあり、いきなりゴールデンウィークに突入、一息ついたと思ったら7・8・9月のピークを迎え、10・11月に小さな山をいくつか越えて、12月に入ってやっと自分を取り戻すことができました。

電話口で「毎度ありがとう御座います。○×会社の三木でございます」と、前に勤めていた会社を名乗ってしまったり、フロントに立っているうちに、急に物が動き出したりする錯覚に襲われたのもこのころです。

ホテル業のことは何も知らない私たちです。お客さんへの対応や取引業者、エージェントとの交渉などまだやるべき仕事が山ほどあるというのに、どうしましょう。

サラリーマン時代はタイムカードを押せば自分の自由な時間です。でもホテル業は夜遅くなっても問い合わせの電話がかかってくるのです。まさに24時間運転。

今までの環境がガラリと変わり、天地がひっくり返りました。

これじゃ身が持たない。だれか助けて・・・。